江差町 [江戸の歴史と文化を伝える]

NHKの大河ドラマ篤姫もいよいよ面白くなってきましたが、松前町を後にして悲運の徳川幕府軍艦「開陽丸」を目指し江差町へ向かいます。

江差町は北海道の南西部に位置し、北海道文化発祥の地ともいわれ、江戸期のニシン漁最盛期には「江差の五月は江戸にもない」といわれるほどの繁栄を極め、北前船交易によりもたらされた江差追分などの伝統芸能や生活文化が数多く伝承され、江戸の歴史と文化を今に伝えています。

国道228号の海岸沿いを走ること約1時間。
(途中、中世日本海北方交易の中心拠点であった上ノ国(かみのくに)を通過)
前方左手に三本マストの帆船が見えてきました。江差町です。
朝から小雨の降り続く生憎の空模様ですが、まずは道すがらのJR江差線江差駅前に立ち寄ってみました。


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JR江差線 江差駅

江差駅を後に、いよいよ開陽丸です。


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悲運の徳川幕府軍艦「開陽丸」

その軍艦は、駅よりほど近いく開陽丸青少年センターに復元保存されています。

「葵の枯れゆく散り際に開陽丸」と詠われた徳川幕府の巨船開陽丸。
幕末にオランダで建造された幕府軍艦で、戊辰戦争中に榎本武揚らを乗せ活躍しましたが暴風のため僅か1年7ヶ月後の明治元年(1968年)江差沖で座礁、沈没。

それから124年、
平成2年4月にオランダに残っていた設計原図をもとに実物大で復元されました。

昭和50年から始まった引き揚げ作業で発掘された遺物は約33,000点にも及んでいます。
開陽丸は、日本の近代化に著しく貢献し、オランダ留学を果たした榎本武揚はじめ14名のありし日の姿など、貴重な資料、遺品の数々が船内に保管展示されています。
※ 開陽丸出土遺物:江差町指定有形文化財

→ 悲運の徳川幕府軍艦【開陽丸】 QTVRパノラマ映像

そして町中心部へ車を走らせる頃には青空が広がり始めました。
まずは私の定番行動:地元の役場を訪れ資料の閲覧や史跡等のお話を伺います。


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江差町役場

江差町役場内は開放感があり、あまりの立派な造りに驚き。

一通り資料を頂き、役場正面左手前にある国の指定重要文化財「旧中村家」へ歩き始めました。


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旧中村家 正面から

ここ旧中村家は、近江商人大橋宇兵衛が建設したもので、ヒノキアスナロ(ヒバ)を主材料に、土台は北前船で運んできた越前の笏谷石(しゃくだに-いし)を積み上げて建てられました。さらに母屋から浜側まで文書倉、下の倉、ハネダシ(はね出し)まで続く通り庭様式で、当時の面影を偲ぶ問屋建築の代表的造りの建造物です。

役場近くの横断歩道正面にハネダシ(桟橋兼倉庫の役目)が見えます。(上の写真)
昔は建物のすぐ前が港。船が着岸し、このハネダシと呼ばれる海岸に柱を立てて作られた倉庫が荷揚げ場となり荷役を行っていた。(現在は埋め立てられ国道228号となっている)
母屋(正面)は一本内側の道路(いにしえ街道)に面しており、その背後に数個の倉とこのハネダシが連なっています。

住宅は大正初期に大橋家から中村米吉が譲り受け、昭和46年に重要文化財に指定、49年に中村家より町に寄贈されました。
そして昭和57年に修復作業が完了し、現在は一般公開されています。

→ 旧中村家 QTVRパノラマ映像


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いにしえ街道マップ「中村家エリア」

旧家の並ぶ「いにしえ街道」をさらに歩き「横山家」へ向かいます。


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横山家

ここ横山家は初代から数えること200年が経過。
初代は天明6年(1786年)現在地において漁業、商業、回船問屋を営んでいました。

現在の建物は今から約160年前に建てられた家屋で、昭和38年に道の文化財指定を受け、現在はこちらも一般公開されており、母屋と四番蔵にはニシン漁全盛期に使用されていた生活用具などが展示されており、当時の暮らしぶりを知ることのできる貴重な建物となっています。

こちらも旧中村家と同じで傾斜地に建てられた正面からハネダシまで全体の奥行きには驚きます。(横川家は奥行きが70mあるといいます)


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江差姥神大神宮

横山家の正面、通りの斜め右手には「江差姥神大神宮(えさし-うばがみだいじんぐう)」があります。

毎年8月9日~11日の三日間行われる江差姥神大神宮渡御祭(えさし-うばがみだいじんぐう-とぎょさい)は豪華な13台の山車(やま)が町中を練り歩く、道内で最も絢爛豪華なお祭りで、「姥神大神宮渡御祭と江差追分」は北海道遺産に選定されています。
道内の祭りで一度は見てみたい一つです。

→ 横山家 & 江差姥神大神宮 QTVRパノラマ映像

旧関川家別荘」にも足を伸ばしたいのですが、時刻は午後3時を過ぎています。
また函館まで戻らねばなりませんので今回は諦めることにしました。

関川家は松前藩きっての豪商として江差で回船問屋を営んでいました。
別荘には、江差最盛期のころの様子を伝える貴重な古文書や調度品が大量に保存、公開されているところでまたの楽しみにとっておくことにしました。
残されている古文書のなかでも「関川家文書 (セキカワケ-モンジョ)」は江差の歴史を知る上で貴重な資料となっています。


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関川家文書(セキカワケ モンジョ)

関川家文書 (セキカワケ モンジョ)
内容は江差町史・資料編四(江差町史編集室)にて見ることができます。
町史の主な内容は、昭和53年に初公開された江差の豪商関川家の膨大な古文書中より一部を翻刻したもので、松前藩勘定奉行、開拓使の準判仕御用達を勤めた8代目関川平四郎の日記19冊を含む。 ( 江差町 昭和56年刊 1546頁)

 
姥神大神宮渡御祭の起源は360年前にさかのぼります。
その年のニシンの豊漁に感謝を込めて行われたお祭で、現在も毎年8月9日~11日にまちは祭り一色となります。
13台の山車が祇園囃子の調べにのって町内を練り歩くさまは圧巻。
 
江差追分は中山道の馬子唄ルーツに、北国の厳しい風土にもまれながら多くの先達に唄い継がれてきました。日本国内だけでなく、海外にも多くの愛好者を持ちます。はるか遠い江差のニシン景気を今に伝えます。
(北海道遺産より)
 
【江差】 アイヌ語地名
 エサシ = 昆布の意

※ 訪問日:2008年7月29日(火)

雨時々晴れ14:50 気温/22℃ (.all images:biei.info)

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