二風谷ダム[にぶたにダム]

2010年 : アイヌ民族, パノラマロード, , 映画・ビデオ・TV, 道内 No Comments »

まずまずの天候に恵まれ昨日の「第33回 宮様国際スキーマラソン」は終了しました。

   第31回大会(QTVR) フルスクリーンパノラマ

今日は午後の空きを利用し、2月7日にNHKで放送された「あるダムの履歴書 ~北海道・沙流川流域の記録~」の録画を見ることにしました。


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『あるダムの履歴書~北海道・沙流川流域の記録』

この取材記録はアイヌの聖地が二風谷ダム建設計画により埋められしまった経緯を、北海道アイヌ・萱野 茂さん、貝澤 正さん親子、そして地元住民の視点を通して丁寧に描かれています。

取材開始はなんと1988年暮れから始まったといいますから、22年間追い続けた記録がこの1時間30分の番組に凝縮されています。
「壊すのは簡単!」
「人間が不用意に自然に手を加えてしますと、自然は思わぬしっぺ返しを加えてくる。」

以前古書店で買った、貝澤さんの著書「アイヌ わが人生」。
この番組で思っても見なかった貝澤 正さんの肉声を聞くことができ本当に良かった。


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山仕事に精を出す、在りし日の貝澤 正さん

亡くなられる前、NHKが病床にある貝澤さんにインタビューをしていました。

地球上には人間だけではないんだ。
キツネも住んでいる。 
・・・・
木にも神様が宿っている。
       ・
       ・
       ・
精神文化が人間を育てていく人間の一番大事な文化。その精神文化を日本人にも分かってもらって、良いところを取り上げてお互いに助け合って行く。
       ・
       ・
やっぱり日本人は悪いわ!
北海道をこれだけハゲ山にしてしまったんだ。
[貝澤 正]

かつては清流が流れていた沙流川(さるがわ)。
全国でただひとつ建設が「違法」とされたダム「二風谷ダム」、現在そのダム湖はすでに半分近く土砂に埋もれています。

今後も続くであろう、人間が自然に手を加えることで起きる様々な問題を投げかけており、まさに普遍的なテーマとしてマイナス / プラス両側面を二風谷ダムを通して見つめて行くため、今後も取材は継続されるそうです。自然と人間との関わりを。

地元住民でないわれわれ傍観者がダム建設に賛成 / 反対と声をあげることは簡単。

ふと気がつくと、自分の生まれ育った地に大きな問題が持ち上がり、その流れに翻弄されながら死を迎えたとしたら。
人として生まれ。そして生きて死んで行くとはどういうことなのか。

曇り15:00 気温/-1.5℃ (.all images:biei.info)

渤海 [ぼっかい]

2009年 : 旭川市, 映画・ビデオ・TV, 歴史・伝承 No Comments »

昨日の燃えたぎる空は「政権交代」を暗示していたのか!

このところ空き時間に録画番組をよく見るようになりました。
見るか見ないか分からないような番組でもやたらと録画をする習性があるのです。

テレビは天気予報とニュース以外はあまり落ち着いては見ない私が、唯一欠かさず見る番組があります。
日曜午後11時30分からの「ワールド・プレミアム・ライブ(NHK BShi)」と、日曜午後10時からのETV特集(NHK 教育)のなかで「日本と朝鮮半島2000年」のある放送日。

早朝、起きがけにさっそく昨夜録画しておいた「日本と朝鮮半島2000年」を再生。
このシリーズは全10回。
今回はその第5回目で「日本海の道~幻の王国・渤海(ぼっかい)との交流」の考察です。
当時唯一の交通手段はもちろん「船」ですが、歴史ロマンというにはあまりにも危険な日本への道のりであったのであろうと想像しがちですが、そこは先人の知恵:日本海が穏やで風の動きまでを読み安定した季節に行き来をしていて、比較的安全な航海であったようです。


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日本と朝鮮半島2000年:渤海

渤海(ぼっかい、698年 – 926年)は、現在の中国、ロシア、北朝鮮にまたがる地域にあった王国。
高句麗滅亡後にその遺民である大祚榮(だいそえい)により建国され、周囲との交易で栄え、中国からは「海東の盛国」(『新唐書』)と呼ばれたが、最後は契丹(きったん)によって滅ぼされた。
7世紀朝鮮半島の北に建国された渤海は、200年間にわたり日本と親密な交流をした。

7世紀朝鮮半島の北に興った渤海(ぼっかい)。史書の記述は少なく、幻の王国と呼ばれてきた。
近年ロシア沿海州で発掘調査が進み、日本との知られざる交流が明らかになってきた。727年、日本へ軍事支援を求めてやってきた渤海使。
やがて経済・文化交流が発展。秋田や金沢では使節来訪の痕跡が見つかり、ロシアのクラスノスキでも交流をうかがわせる発掘が相次いでいる。古代、日本海の交流を明らかにする。
NHK ETV特集より

余談になりますが、その渤海に興味を持たせてくれたのが2007年に放送された韓国ドラマ「大祚榮(テジョヨン)」でした。
まず、その全134話という長さに驚き。もちろん全話欠かさずに見てはいませんが。
※ 現在、BS日テレにて午前10時より再放送中。


テジョヨンを演じたのは韓国の国民的俳優(視聴率男)と言われるチェ・スジョンさん。彼の出るドラマは必ず高視聴率といわれるだけに、このドラマも見応えがありました。
曇り05:05 気温/12℃ (.all images:biei.info)

水無月

2009年 : アイヌ民族, 北のガーデニング, 宿根草(多年草), 日常の様子, 歴史・伝承, No Comments »

やっと二日ほど晴れ間が広がったかと思えばもう下り坂に向かい、今日は朝から強風が吹き荒れています。
周期的な天気変化は秋らしいと言えば秋らしいのですが。

明け方の気温も一気に下がり始め、庭先の「水無月」がピンク色を帯び何ともいえない色合いに変化をしてきました。
水無月はとても美しいノリウツギの園芸品種で、20~30cmの大きな円錐状の花穂全体が装飾花になっています。
※ ノリウツギは両性花と装飾花がある。

ところでノリウツギには面白い思い出があり、道内に移り住んだ当時、野道を散歩していた折りに通りがかりのご夫婦が「サビタが綺麗に咲いている!」と言われ、「サビタ」それは何?と。
振り向いても分からず、「サビタとは何ですか?」と尋ねると、「ノリウツギ」のことでした。
北海道では「サビタ」と呼ぶのだと知ったのは14年も前のこと。
逆にノリウツギと言っても地元の方にはピンとこないようです。
と言うより、分かる方は少数。

広辞苑を引くと、

のり‐うつぎ【糊空木】
ユキノシタ科の落葉低木。各地に自生。高さ約3メ-トル、葉は楕円形で対生または三輪生。夏、茎頭の大きな円錐花序に、多数の白色結実性の小花と、アジサイに似た少数の白色大形装飾花をつける。枝が中空なためパイプ・ステッキを作り、樹皮から製紙用の糊をとる。ノリノキ。サビタ。
引用:「広辞苑」

確かに、サビタとでています。

さてその不思議な呼び方(名)の語源はと調べると、一説には「アイヌ語が語源」との説もありますが詳細は未だ不明のようです。

アイヌ名:「サビタ・ラスパ」
アイヌ語ではラスパは:槍の柄と穂先をつなぐ棒「継ぎ手」のことだそうですが、サビタの由来は、やはり不明とのことです。
引用:「アイヌ民族の有用植物」北海道立衛生研究所

また、山間の沢などに多いことからサビタの語源はそのあたりからきている。もともとは「サワフタギ」だったらしい。それが次第になまって「サビタ」になったのだという (辻井達一,1995,日本の樹木 都市化社会の生態誌) 解釈もあるようです。

     

話がどんどんそれて行きますが、上記に名前のでてきました「北海道立衛生研究所」:
美瑛町からそうたびたび行くことはできませんが、北海道大学の北隣にあるのが北海道立衛生研究所。
そしてその敷地内にある植物園が「北海道立衛生研究所薬用植物園」です。

足を踏み入れると、札幌市中心部でこれだけの植物を見ることができる薬用植物園があることに、まず驚きます。

手入れが行き届いた園内には、自然の宝庫北海道でも普段あまり見ることのできない山菜や類似毒草など、誤採取にも役立つ貴重な植物も多く、私などアイヌ民族に興味を持つ者には必見の「アイヌ民族の有用植物」:アイヌ民族が生活に使っていた植物コーナーが設けられているなど、北海道ならではの雰囲気を持つ貴重な植物園です。

ぜひ、足を運んで見られてはいかがでしょうか。 ただ公開日時が短く限られていますのでご注意を。
短いとなれば尚更見て見たくなるのが人情ですが、北海道の財産ともいえる期待を裏切らない植物園です。

道立衛生研究所薬用植物園 一般公開日
◆ 期 間:5月から9月まで第1及び第3金曜日
◆ 時 間:13時30分 ~ 15時30分
◆ 連絡先:食品薬品部薬用資源科 電話 011-747-2746
  また定期的に「薬草観察会」も行っています。
  詳しくは、上記連絡先まで。

また、近くに北海道医療大学薬学部付属薬用植物園・北方系生態観察園がありますので間違われないように。
こちらは開園時間が 9:00 ~ 17:00 なので、ここを見学して時間調整をしながら道立衛生研究所へ向かわれると良いでしょう。

本題に戻って、
サビタもそうですが、その土地ならではの言葉とは面白いものです。
そしてその冬、以前ブログでも書いた「手袋を穿く(はく)。」 手袋は穿くのだと知りました。

庭先の水無月の8月1日から本日までのスナップを。


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8月1日の水無月


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8月11日の水無月


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8月20日の水無月


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8月27日:本日の水無月

午後2時を過ぎて小雨が降り始めました。
雨の強くなる前に、ジャム用のブルーベリーを採ることにしました。


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ブルーベリー

曇り14:00 気温/19℃ (.all images:biei.info)

美瑛町の戦争史跡

2009年 : アイヌ語[地名], パノラマロード, パノラマ[道内], 北のガーデニング, 宿根草(多年草), 美瑛町 No Comments »

雪解け後、木々の新緑が芽吹く前の寒々としたびえいの丘は何も覆い隠すものが無く実によく見通しが利きます。
三愛の丘からは少し離れた小高い丘の上(橋立山)に、夏場茂みに隠れて姿を見ることができない監的壕(かんてきごう)もこの時期はすぐに確認ができます。

ふと監的壕を見て。
そうだ以前から撮っておきながら繋ぎ合わせていなかった写真がある。
この機にいままでバラバラにご紹介をしていた美瑛町の戦争史跡のパノラマ写真をまとめてみました。

美瑛町史や隠れたる名勝地(美瑛探求会)で美瑛の戦争史跡として記録が残されているのは、
① 旧陸軍演習場廠舎(しょうしゃ)門柱 *西町2丁目 美瑛小学校グラウンド横
② 西町兵舎 *西町3~4丁目(個人所有)
③ 監的壕(かんてきごう):トーチカ *福富瑛進(個人の所有地)
④ 陸軍水道跡 *美瑛町立美馬牛小学校裏

の4カ所となっています。


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軍事:美瑛町百年史より

そこでまず美瑛町史より、町最初の入地者から陸軍演習地が設けられた頃までの歴史を簡単に振り返ります。

【美瑛初の入地から演習場設置の頃までの概略】
美瑛に最初の鍬を入れた入地者の祖は兵庫県人の小林直三郎。
当時雇い人3人を引き連れて、明治27年9月15日 神楽18号から辺別川を渡り、辺別原野(現在の旭)に入地。

その後移住者も年々増加し土地開発も進んでいった。
その美瑛開発の大きな原動力となったのは鉄道(上川鉄道)の開通でした。

※上川鉄道
明治31年(1898年)7月に完成をみた 旭川 ~ 岩見沢 間。
また旭川から分岐する十勝線と手塩線はその前年に着工され、明治32年には十勝線は現在の上富良野まで完成された。

この十勝線(現時のJR北海道富良野線)の開通により経済的にも充実し、このことにより行政に於いても自治と独立を要求させ、明治33年(1900年)6月1日、神楽村から分離して美瑛村が誕生。

そして美瑛町に於ける畑作経営の先駆けとなった半澤農場の設立などを経ながら、時代は軍事色へと変わりつつ旭川に陸軍第七師団が設置され、明治40年(1907年)2月14日に陸軍演習場規則が公布、ほどなく美瑛村にも演習地が設けられることになった。

その広さは6,800㌶にもおよび、現在の西町に建てられた兵舎と付属施設は27棟にもなった。丘陵に囲まれた美瑛は演習場としては好適といわれた。
終戦後は開拓地として解放されて兵舎は住宅となり、引き揚げ者、復員軍人などが戦後の混乱期をここで生活した。

備)
【ピイェ】(美瑛川) アイヌ語地名
 Piye = 油ぎった川、濁った川
美瑛川はナイもベツも付けずにただ「ピイエ」と呼んでいたという。
美瑛は、アイヌ語の「ピイェ」より転訛したもので「油ぎった川、濁った川」という意味。

町名の起源で、漢字の「美瑛」は明治33年(1900年)神楽村から分村した時に早崎悦太郎が村名を委任されて命名し、採用された。
その意味は「美しき玉のように」という。

[出典:美瑛町百年史・アイヌ語地名の研究より抜粋]


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旧陸軍演習場廠舎(しょうしゃ)門柱 [美瑛町指定文化財 第2号]

   美瑛町の戦争史跡 フルスクリーンパノラマ
※ 右上地球儀アイコンで地図開閉:地図内青色ボタンでパノラマ切替

ほんの一握りの人間の欲望から引き起こされる戦争によって大勢の人々の命が奪われます。「戦争と平和」それはわれわれ人間に突きつけられた永遠の課題なのです。

庭先では小雨の降る中で約40種ほど地植えにしてあるクリスマスローズが次々に開花しています。


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美しく咲いたクリスマスローズ

もうすでに4月も後半、来週はGWの始まりです。
今年の連休は各交通機関の予約状況も順調のようで、後は天気だけ。

雨13:30 気温/9℃ (.all images:biei.info)

追記) 陸軍水道跡

2009年 : パノラマロード, パノラマ[道内], 建造物, 歴史・伝承, 美瑛町 No Comments »

「陸軍水道跡」て何ですか・・・?


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ドーム型のコンクリート建造物(水道貯水槽)

美馬牛周辺のフルスクリーンパノラマ映像内の「陸軍水道跡」についてお問い合わせをいただきました。

   美馬牛周辺 フルスクリーンパノラマ
※ 右上地球儀アイコンで地図開閉:地図内青色ボタンでパノラマ切替

実はあまり詳しく記載されているものがなく、町史など一部資料の抜粋です。

【陸軍水道跡】
◎戦争史跡
◎所在地:美瑛町立美馬牛小学校裏 (注:個人の所有地)

現JR富良野線の東側はかって第七師団演習地であったところで、駅周辺には兵舎があり、またこのあたりは主として軍馬が飼育されており、それぞれの水利用として作られたのがこのドーム型のコンクリート建造物(水道貯水槽)。
水源地は下方の沢(美馬牛川)から引いてきた。
(美瑛町戦争史跡より)

3基あるそうですが1基はほとんど確認できません。

自宅のあるパノラマロードの水沢-三愛-新星-美馬牛地区は旧陸軍の演習地であったところです。

水道跡や監的壕(※下記参照)などに関しては、今では地元の方々に聞いても存在すら知らない方々ばかりで、旭川市春光の北鎮記念館(ほくちんきねんかん)あたりに行かないと詳しくは分からないようです。
機会があれば訪れ、事後報告をさせていただきます。

※ 参照 → 監的壕

旭川市博物館

2009年 : アイヌ民族, パノラマ[道内], 旭川市, 自然 [現象、温暖化 他] No Comments »


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旭川市博物館は、旭川市大雪クリスタルホール内にあります。

車の点検に旭川日産自動車まで出かけ、点検時間を利用して旭川市博物館へ向かいました。

予てからこの機を利用して、昨年(2008年11月1日)リニューアルオープンした旭川市博物館を見学するのを楽しみにしていました。
当博物館は平成5(1993)年に開館し、昨年度アイヌ文化の紹介を中心とした展示にリニューアルされました。

場所は国道237号沿い道の駅 あさひかわ 横:旭川大雪アリーナ裏手にある旭川市大雪クリスタルホール内にあります。


 フルスクリーンパノラマ

さすがにリニューアルオープンされた館内は清潔感に溢れています。

アイヌ文化の紹介を中心とした展示の中でも必見は、当博物館が誇る世界的にも有数のアイヌ資料(サハリン・大陸の先住民資料を含む)コレクションの一部が見られることです。
同館はもともと「河野コレクション」など北方民族関係の資料を所蔵。

国内4大アイヌコレクション
河野コレクション(旭川市博物館所蔵:1759点)、児玉コレクション(白老町アイヌ民族博物館所蔵:2263点)、馬場コレクション(函館市博物館所蔵:758点)、土佐林コレクション(早大所蔵:65点)とともに4大アイヌコレクションといわれています。

上川アイヌ


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世界的にも有数のアイヌ資料コレクションの一部を展示

アイヌ資料

 フルスクリーンパノラマ

また知里幸恵の自筆ノートも興味深く、その美しく柔らかな繊細な筆跡に芯の強さと心優しい人柄がうかがえます。


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知里幸恵の自筆ノート

当館は先住の民アイヌの歴史と文化を始め上川の自然と歴史など、展示室面積は2,000㎡を越えるスケール。その大きな館内は今後も機会あるごとに訪れたいと思っています。
北海道の貴重な資料が満載の博物館の入館料は大人:300円。


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イヨマンテ

館内QTVR映像

アイヌ資料

 フルスクリーンパノラマ

アイヌの農耕

 フルスクリーンパノラマ

アイヌの住居

 フルスクリーンパノラマ

旭川博物館

 フルスクリーンパノラマ

今日のアイヌ文化

 フルスクリーンパノラマ

あまり空き時間が取れませんので、当日撮影(館内撮影可:但しストロボ使用は不可)したいろいろな写真は今後逐次時間を見てご紹介して行きます。

旭川市博物館[Asahikawa City Museum]

◎開館時間:午前9時 ~ 午後5時(入館受付:午後4時30分まで)
◎休 刊 日:第2・第4月曜日(月曜日が祝日の時は翌日の火曜日)
      年末年始(12月30日 ~ 1月4日)
◎入 館 料:大人:300円(パスポート:600円)
      高校生:200円、小中学生:無料

〒070-8003 北海道旭川市神楽3条7丁目 旭川市クリスタルホール内
      電話:0166-69-2004  FAX :0166-69-2001

曇り10:50 気温/-1℃ (.all images:biei.info)

羽衣の滝 [厳冬期]

2009年 : アイヌ語[地名], パノラマ[道内], 日常の様子, 東川町 No Comments »

今朝は道内枝幸町歌登で-25.5℃を記録するなど冷え込んではいますが、全道的には暖冬傾向のこの冬です。(自宅の外は、午前6時:-10.5℃)

今日は東川町に行く予定があり、以前から寄り道をして厳冬期の羽衣の滝へ向かう計画をしていました。
まずまずの天候に恵まれ、用事を済ませて天人峡温泉へと向かいました。

天人峡トンネルと抜けるとすぐ左手に公共駐車場があります。
ところが到着すると工事が行われており駐車することができません。仕方なくトンネル手前まで引き返し、こちらの駐車場に車を止めトンネル内を歩いて温泉街へ向かいました。

天人峡温泉

 フルスクリーンパノラマ           厳冬期 羽衣の滝スライドショー

シーンと静まりかえった温泉街に、忠別川の流れと、時折走ってくる車の音がやけに大きく響き渡ります。
羽衣の滝へ向かう散策路は、天人峡温泉街の一番端に位置する天人閣の横からスタートします。


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羽衣の滝へ向かいます!

散策路入り口から20mほど靴の足跡がついていましたが、さすがに雪の少ない冬と言えどツボ足ではムリとここまでで引き返したようです。
この日の散策路は通行止めや雪崩に対する注意は出ていません。とは言え原生林の中に入り込む以上は、すべて自己責任で進むことになります。


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積雪が深くなっていました!

四季を通して何度も来ている場所ですが、特に冬場は危険に対して鈍感になってはいけません。散策路を進むにつれ積雪が深くなり、膝まで埋まりながらラッセルして進む箇所も多くありました。
長さ1.3mのストックが挿すところによってはスッポリと沈んでしまいます。
脇には雪に覆われた忠別川の水面が覗いています。

散策路

 フルスクリーンパノラマ

散策路

 フルスクリーンパノラマ            紅葉の頃フルスクリーンパノラマ

途中散策路をふさぐように小山ができています。小さな雪崩の跡です。


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ラッセツをしながら進む

機材を持ちながらラッセルを交代しながら進みます。
間もなく羽衣の滝の見える場所です。

近づくにつれ滝の音が聞こえます。
この冬はまだ完全氷結していないようです。

滝を見るには小さな橋を渡らなければなりません。橋の上に積もった雪をかき分けながら反対側まで進むと冬の羽衣の滝の全貌が現れました。


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厳冬期の羽衣の滝

それにしても滝に着くまでの雪の白さが際だっていました。  
これほど美しい雪景色はここ数年お目にかかったことがありません。

 厳冬期 羽衣の滝スライドショー

羽衣の滝

 フルスクリーンパノラマ            紅葉の頃フルスクリーンパノラマ

   羽衣の滝(Flash) バーチャルツアー

美瑛の丘も素晴らしい。
しかし渓谷沿いの原生林内散策は美瑛の丘以上にわれわれにとっては最高のフィールドなのです。

【羽衣の滝】(アイ・シ・ポプ・ナイ)アイヌ語地名
 ay-si-pop-nay = 細流・が本当に・沸騰する(ような)・川

旭岳の南斜面約6㎞落差1000mの間を流れ落ち、川尻はポロソ(大滝:羽衣の滝 270m)となって忠別川に注ぐ。 (旭川近郊のアイヌ語地名30 より)

晴れ時々曇り11:50 気温/-8℃ (.all images:biei.info)

正面衝突

2008年 : アイヌ語[地名], 日常の様子, 美瑛町, 道内 1 Comment »

午後1時を過ぎても、-4.5℃。今日も真冬日で終わりそうな一日です。


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ツルツル路面

この時期は交通事故が多いと先日書きましたが、事故のなかでも正面衝突が第一位を占めるのがこの年末です。

このところ冬道の話しばかりが続いていますが、昨日も美瑛町で正面衝突による悲惨な死亡事故が発生しました。
事故現場は交通量の少ない見通しの良い直線道路。都会の方々がこの道路をご覧になればなぜこのようなところで事故が?それも吸いつけられるかのように正面衝突が起きるのか?不思議に思われるのも無理からぬ話です。

そして今日も外の路面状況は相変わらずのツルツルアイスバーン。とても人が立ってまともに歩けるような状態ではありません。
しかしスタッドレスタイヤを装着した車はいとも簡単にこの氷の上を走ります。ただあくまでもスピードを控えめにした直線走行での話ですが。

アイスバーン路面に於いては、最新のスタッドレスタイヤといえどその安全性能は万能ではありません。
車やタイヤの性能が良くなり、安全運転への意識が鈍くなることほど危険なことはありません。操るのが人間である以上、安全走行の90%以上はドライバーの心構え次第。
ドライバーの意識の持ち方として「私は大丈夫」と「「安全運転に徹し絶対に事故は起こさない」とでは天地の差があります。

12月は午後3時を過ぎると太陽が当たらなくなり、午後4時前には真っ暗になります。
特に日中プラスに気温が上がる日は危険がいっぱい。
路面状況は日暮れの気温の低下とともにミュー(摩擦係数)が分単位で変化し、どんどん停止距離が長くなってしまいます。
日没前後は、停止距離が数メートル違えば大事故につながります。


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路面ごとの制動距離

ブレーキを踏んでからの完全停止までの距離は、スタッドレスタイヤの場合、時速40km/hでは圧雪路面では21.0m、すべりやすい凍結路面では78.7mと乾燥路面の7.9mと比べて、2.7~10.0倍も長くなります。

冬道でもかまわずにスピードをだし追い抜いてゆく車、相変わらず携帯電話をかけながらのドライバーから標識無視や違法駐車など、毎日のように車で出かけても変わることなく目にする光景。

今も雪煙を上げながらウインカーも出さずに猛スピードで追い越しをかけて行く車が。


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逃げ去るようにスピードを上げ、無謀な追い越しをして行く車!

安全運転をしていても向こうから車が突っ込んできたら、冬道ではどうしようもありません。

マイカーで冬の北海道旅行を計画中のあなたへ

「マイカーで冬の北海道を走りたい」という問い合わせは意外と多いのですが、雪道走行の経験のない方には、はっきり言ってあまりおすすめしておりません。
もし、“東京から長野や新潟のスキー場に行く感覚”で北海道に来られるのであれば、かなりリスキーであるのは事実です。
厳しいようですが、それなりの覚悟は必要です。

北海道内では地元のドライバーは雪道でもかなりのスピードで走ります。
そうした交通の流れにまじって、氷雪に不慣れなドライバーの方が運転するのは本人にとってもかなりのプレッシャーになるはずです。

ただし、今後も北海道と“長い付き合い”をしたい・・・。
いずれ北海道に住むなどという方は、ぜひ冬の北海道を体験してください。
【JAF北海道より】

「地元のドライバーは雪道でもかなりのスピードで走ります。」などと遠回しな言い方ですが、要するに制限速度を守らない。
速度をメータで確認することもなく、一年中スピードに麻痺した感覚で運転しているのが大半の地元ドライバーなのです。

道民ドライバー運転術 [マナーの悪さ極めつき]

雪13:50 気温/-4.5℃ (.all images:biei.info)

神々のうた 大地にふたたび

2008年 : アイヌ民族, 日常の様子, 未分類, 歴史・伝承 No Comments »

今夜NHK総合テレビ(22:00 – 22:43)の「その時歴史が動いた」では【知里幸恵】を取り上げます。

その時歴史が動いた:第340回
神々のうた 大地にふたたび
〜アイヌ少女・知里幸恵の闘い〜
平成20年10月15日 (水) 22:00〜22:43 総合

日本が近代化に邁進する明治、古くから北海道に住むアイヌ民族の暮らしと文化は消し去られようとしていた。
そんな中、アイヌの少女・知里幸恵は、アイヌ文化の豊かさを伝え、民族の復権を訴えようと立ち上がる。

「人間の本当の豊かさとは何か」幸恵は、アイヌが語り継いできた伝承を本にまとめ、世の人々に問いかけようとする。

是非ご覧ください!

→ 知里幸恵

旭岳 [旭岳温泉から登る]

2008年 : パノラマ[道内], 建造物, 日常の様子, 東川町 2 Comments »

姿見駅から旭岳の麓に噴煙をあげている爆裂火口の右手に小さな小屋が見えます。
この旭岳石室の前にあるのが姿見の池。

われわれは時間が限られているので、計画書を出し時間の許すまで旭岳山頂近くまで行くこととし、予定時間になれば引き返すことにしました。

登山をせずに、ここ旭平周辺散策路のみを回るには1時間前後(一周約1.7㎞)でまたロープウェイまで戻って来られますが、やはり素晴らしい景色を楽しみたいものです。
時間を気にせずゆとりの散策が一番です。

姿見の池周辺

さてわれわれのルートは、旭岳ロープウェイ姿見駅 → 第一展望台 → 第三展望台 → 夫婦池 → 姿見の池(五合目:旭岳石室(いしむろ)のあるところ) → 旭岳山頂に向け時間の許す限り。



さっそく登山口のある姿見の池を目差し散策路を歩き始めました。


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夫婦池(鏡/左、摺鉢池/右)


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地獄谷を臨む


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姿見の池


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登山道に入るとガレキの世界へと変わる


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登山道:1,800m付近

しかし、あまりの素晴らしい天候に写真を撮るのに追われどんどん時間が経過して行きます。結局、あと僅かで山頂という標高2,000m付近で諦めることにしました。

もう戻らないと、仕事に間に合わなくなります。
後ろ髪を引かれる思いで快晴の旭岳を後にしました。

→ 散策路 第一展望台 QTVRパノラマ映像
→ 散策路 第三展望台 QTVRパノラマ映像
→ 散策路 夫婦池 QTVRパノラマ映像
→ 散策路 QTVRパノラマ映像
→ 散策路 地獄谷を臨む QTVRパノラマ映像
→ 散策路 姿見展望台(五合目:1,665m) QTVRパノラマ映像
→ 旭岳 登山道 QTVRパノラマ映像
→ 旭岳 登山道 QTVRパノラマ映像

快晴13:20 気温/16℃ (.all images:biei.info)

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