介護と生活

明け方の気温が氷点下にまで下がるようになり、長らくブログの更新もしないまま一ヶ月が過ぎてしまいました。

つらら

TVをつければ定額給付金騒動から、兵庫県の井戸敏三知事の笑みを浮かべながらの「チャンス」発言撤回会見などなど・・・・。
このようなトップたちに国や地方自治の舵取りを任せていて大丈夫なのだろうかと誰しも思わざるを得ないようなニュースがメインで流れ続けています。

そんな中、わが家でもこの一ヶ月の間に生活が大きく変わろうとしています。
それは誰しも避けては通れない親の介護問題。

そう言えば今年の春頃からTVや新聞で目につくようになった「息子介護」という文字。
息子介護とは独身男性(未婚)や離婚した男性が、親の介護のために職を辞し、更に地域で孤立をして苦しむ息子(多くは一人息子又は長男)たちのことで、ついには自分の貯蓄や資産もなくなり、親の僅かな年金だけで自宅介護を続ける息子介護という社会現象が着実に広がりをみせ、日本家庭での高齢者介護のあり方が大きく様変わりを始めているという。

親の介護のために仕事を辞めざるを得ない現状は、われわれ夫婦も体験者だけに切実な問題として関心を持っています。
現在われわれは当初自宅で介護をしていた両親を数年前より施設に預けて、夫婦共働きでささやかな自営業を営み生活の支えとしながら、仕事の合間に面会に通う生活が続いています。(この間、父は二年前に亡くなる)
できれば老人ホーム(特養)にでも入居ができれば少しは経済面でも助かるのですが、大勢の入居申込に対応しきれないのがこちらの現状です。(全国どこもそうなのですが)

そのような中で、あるTV局で取り上げた「息子介護の実態報道」。
番組内の一コマで「なぜ施設に預けないんですか?」という質問に対し、「母親を捨てることになるから」と、息子さんが答えていました。

「母親を捨てることになる」という一言に私は非常に違和感を覚えました。

もちろん当地ですら特養を始め親を預けるところを捜すのは大変で、都会となればそれ以上の大変な苦労があるのも想像できます。

しかし「母親を捨てることになる」という返答からは、親を預ける場所が無くてどうしようも無いという問題ではなさそうです。(私にはそう伝わりました)
預ける場所があっても(もちろん預けるにも金銭的な問題が大きいのですが)、「母親を捨てることになる」と、あえて仕事を辞めてまで自宅介護に踏み切ったのでしょうか?
ただ純粋に自分の側で母親を看てやりたい一身で踏み切ったのか?
それともこのような状況をあえて選ばせるような国が日本なのか?

一生遊んで暮らせる資産が無い限りは、当然現在の総貯蓄から逆算すれば何年先で貯蓄が底をつくか、誰にでも検討はつきます。
それでもあえて、この息子さんの「母を捨てることになる」と言わしめる本心を伺ってみたい気がします。
私が介護をされる側で、ひどい認知症で息子であることすら分からない場合を除けば、自分のことより息子の将来への不安が常によぎり気がかりでならないはず。それが親というもの。

働けるうちは社会的介護に依拠しながら、自らは自分の生計を立てるために仕事に就くというのが社会の基本的な考え方ではないのでしょうか?
運良く在宅での仕事を持たれているか、インターネットを駆使でもしない限り、一人息子が自宅介護をしながら働ける環境など今の日本にそうあるとは思われません。
ましてや親の介護を理由に簡単に休ませてくれる勤務先など、日本の現状では100%あり得ないでしょう。

とは言うもののわれわれも当初両親の介護で、預ける場所もなく自営業を休業せざるを得ない時期がありました。
休業をすれば当然のこと、いつまで無収入の状態が続くのかという不安がまずよぎり始めます。確定申告時に今年度は収入が無い旨を申告しても「どうやって生活をされているのですか?」の一言がかえってくる。
職業柄言わざるを得ない言葉でも、当事者にとっては辛い思いやりのない言として胸に突き刺さります。

そして預け先が決まり数年間順調に時が流れていましたが、今また介護をめぐる大きな選択に直面し始めました。

介護保険は国の制度として1997年に法制化され、2000年4月1日から施工された社会保険制度です。
これは医療福祉に掛かる税金からの補助費を削減して、基本方針として「介護は自宅でする」ことを早急に進めるという方針を軸としています。

そのため当初は介護を社会で支援する「社会化」を目的とするものでしたが、一部の反対もあり結果として「要介護の高齢者が一人で生活をできるだけの支援提供をする仕組みにはせず、家族が高齢者の面倒を見ることを基本とし、その一部を介護サービス利用にあてる。」という、「部分的社会化」となりました。

しかしその制度をあざ笑うかのように年々日本の家族形態はどんどん小さくなり、介護に於いても息子介護から認認介護など高齢者介護のあり方が大きく変化しています。
またその一方で介護疲れなどによる虐待者は息子(40.6%)が最も多く、次いで夫(15.8%)、娘(15%)の順と、男性による虐待の割合が高い実態も明らかとなりました。
(厚生労働省:2008年10月発表の全国調査より)

特に前述のように職を辞してまで親の介護に踏み切り、そのため今では貯蓄も底をつき、年寄りの僅かな年金だけで日々を送る30代・40代・50代の働き盛りの息子介護の現状があたかも社会現象として大きく報道される日本とはいったい?

介護サービスを利用したくともお金が無ければ、「要介護5」に認定されていようがまったくサービスは受けられません。
目先の定額給付金をもらったとしても、介護サービスが僅かな時間受けられるだけです。
来るべき超高齢化社会ニッポンの未来は本当に大丈夫なのだろうか?

この息子介護の報道特集を見て、現実問題を提議することでよりよい方向へ改善されるようにわれわれ一人一人が動き出すか?はたまた、多くの日本人からやる気を無くし所詮この国は頑張りがいのない国と受け取るか?
再度、現状の介護保険制度のあり方を問うとともに、介護をするわれわれの意識の転換も、今まさに大きく求められているのではないでしょうか。

人は一人では生きて行けません。ましてや自分のためにだけ生きているのでも無い。
社会に助けられながら、その分社会に奉仕する。それが働くことの基本であり、家庭を支える柱となるはづです。

人は日々死に向かって生きています。
死はいつどこで誰に起きるかも分かりません。

子どもの頃、祖母を亡くし、妹を亡くして死と向き合った時。
今から思えば、昔は生から死に向かう流れやつき合い方がごく自然に繋がり流れていたように思われます。

それが現在は医療技術の発展と共に素直に死を迎えられなくなってしまった。
昨今は死に方までが難しくなってきたのです。
曇り16:00 気温/6.5℃ (.all images:biei.info)

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