屯田作家 板東三百[ばんどう みつお]

最後の雪となるのか朝起きると、またうっすらと雪化粧。気温はちょうど0度。


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上空に寒気が入り寒くなりました。

昨夜、古書店で入手しそのまま「積ん読」状態に置かれていた「屯田作家 板東三百・人と作品 / 高野斗志美著」旭川叢書(そうしょ)(昭和47年:非売品)をパラパラと捲り始めました。


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板東三百の作品:写真/旭川叢書より

序文には、

 
昭和21年、東京三鷹で一人の作家が死んだ。41才。結核であったという。その人の名は板東三百。彼は、明治39年、上川郡永山村に生まれている。しかし、郷土旭川ですらその名を知るものは少ない。まして彼の作品は、一顧だにされていない。
 
昭和初期当時の文学界の重鎮、宇野浩二にその才腕を認められ、作品『兵村』によって「芥川賞」の候補にもなったことがある。
板東三百の秀れているところは、自分の生地永山屯田を舞台に、屯田兵の生活と精神を自然主義風なタッチで描ききったところにあるといわれる。その板東三百を埋もれたまま放置することはできない。
 
幸い、几帳面であったという板東三百は、丹念に新聞、雑誌から自分の作品を切り抜いて保存しており、そのスクラップを未亡人一子さんが、現在に至るまで大切に所蔵されていることがわかった。その未亡人の愛惜の念がこもっている資料のかずかずを、実兄の赤坂保一さん、伊藤幸太郎さん(前旭川市立図書館長)などのご協力でお借りすることができた。
 
さて、その資料をもとにして板東三百の芸術の核心にどこまでせまることができるか。気鋭の文芸評論家高野斗志美(たかのとしみ)さんに『板東三百論』執筆をお願いしたのは、『存在の文学』 『安部公房論』 『井上光晴論』などの著作でみせた論理の構築力のみごとさに期待したからである。
高野斗志美さんとは、私は、長年おつきあいをいただいているが、一見、みるからに痩躯、どこに、あの文体に示されるようなエネルギーがかくされているか不思議な気がする。しかし、お読みいただければ理解されようが、分析し綜合する文体は、精緻を極めており、ごく上等な詩論の風格すらみせているのである。
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昭和47年3月 
                             旭川市長 五十嵐広三

と市長の力強いメッセージが。

板東三百(ばんどう みつお)は旭川市永山の屯田兵屋で明治39年(1906)9月1日に生まれ、その兵屋での生活、兵屋にまつわる作品を書き続け、「屯田作家」と呼ばれた作家で、昭和21年(1946)10月15日:腸結核のため東京三鷹市下連雀にて永眠。


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屯田作家 板東三百:写真/旭川叢書より

その才腕を認めた宇野浩二は、

 
私が初めて板東三百の名を知ったのは、昭和7・8年頃で、姓名がちょっと変わっているのと、その名刺の姓名の左下に、『学生』と書かれてあるのを珍しく思ったからである。
これが始まりで、私は、最初に、卒業論文であるという、『葛西善蔵論』を読んだ。さうして、驚いたのは、論の当否は別として、その論文についていた、年譜の丹念な事と几帳面な事であった。
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ところが、評論は、『葛西善蔵論』だけで、いつ頃からであったか、小説を書くのを志しているのを知った。
そうして、いつ頃から小説の試作をはじめたかを覚えていないが、私は幾つかの試作を読んだような気がする。しかし『兵村』を読んで、初めて、「こらなら」と思った。
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・・・みな、克明に、丹念に、書かれている点で、独特なものである。
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しかし、これらの小説は、克明すぎ、丹念すぎるところに、作者として、誠に油断の出来ない欠点がある。
それで、いわゆる兵村物を卒業して、この欠点がなくなれば、板東三百の作品は一層よくなるであろう。

代表作「兵村」を収録した三百の最初の創作集『兵村』の序で述べている。

叢書後半部には、代表作「兵村」を始め「海霧」、「隣みち」、「雪みち」が納められています。
まさに興味津津の内容なのですが、急に睡魔が襲ってくる。時間を見るとまだ午後10時30分を過ぎたところ。

頭を支えきれない。
ついに諦め床に付くことに。続きは明日以降に。

三百は屯田兵条例が廃止(明治37年)された後の明治39年に生まれていますが、北海道の屯田兵設置経緯をすこし振り返ってみると、

 
屯田兵は、ロシアの南下に備える北方の警備と開墾、また明治維新の改革で失業した武士に土地と職業を与えるため、開拓次官:黒田清隆が建議し創設された。
 
明治8年(1875)、琴似村で士族の屯田兵村で始まり、明治24年には武士ではない一般志望者を募り平民の屯田兵村が上川に置かれることになる。
我々も関西から移住して来たように、当時も上川屯田設置によりむりやり移民(よそ者)が入ってくることとなる。
 
まず①永山村の東・西兵村:現永山地区(明治24年)、②旭川村の上・下兵村:現東旭川地区(25年)、③永山村トウマの東・西兵村:現当麻町(26年)に各200戸:計1,200戸が入植。
各4~5人の家族を引き連れて移り住んだので、1,200戸 × 4~5人 で人口が一気増えた。
 
そして明治29年に第七師団(だいしちしだん)が設置されると、屯田兵はその一機関となり、その後徴兵令施行により33年以降は募集を停止、37年に屯田兵条例が廃止される。

まさに明治23年(1890)9月20日旭川村開村、そして屯田兵村の設置で人口が増加、人が増えれば産業が興り、現在の旭川へと繋がって行くのです。

板東三百に関する文学資料が旭川市旭川文学資料館に展示されているとの事で、近々是非立ち寄って見たいものです。

 
第七師団(だいしちしだん)
 
明治29年(1896)北海道に「第七師団」が創設され、宮中で行われた初代師団長の任命式の際に明治天皇が、「だいしちしだん・・・・」と読んで以来、「だいななしだん」とは言えなくなった。
* 現在、師団司令部を千歳市の東千歳駐屯地に置く「陸上自衛隊第7師団」は「だいななしだん」。
同じような出来事に、旭川市常磐公園(ときわこうえん)の話があります。


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永山村に名を残す屯田兵本部長「永山武四郎」像:常磐公園入り口/昨年11月26日撮影

 
本公園の表記は「常磐公園」であり、住所名の「常盤」と表記が違う。
(「磐」と「盤」の違いで、公園は「じょうばん」の表記)

大きな地図で見る
明治43年(1910)3月、第七師団と旭川中心街の中間に位置する「中ノ島」が公園予定地に決まり、大正5年(1916)5月1日開園。
昭和3年(1928)、公園名石碑建立のおり、渡辺錠太郎第七師団長(昭和11年の二・二六事件において青年将校に惨殺される。)に揮毫(きごう)が託された。
その際に「盤」を「磐」と書いたため、石屋も誤りを指摘できずそのまま彫り、以来「常磐公園」となった。
いやいや間違いではなく「皿だとすぐに割れてしまうので、いつまでも変わらず将来にわたり壊れることのない石とした。」という説も。
 
旭川の歴史を刻み続けてきた常磐公園。
現在では、北海道立旭川美術館中央図書館などを中心として、市民の憩いの場となっています。

何れも当時の空気がよく現れている話です。

曇り12:35 気温/2℃ (.all images:biei.info)

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