日が変わり午前0時過ぎベッドに滑り込んでしばらくすると、キツネの鳴き声が窓の外から聞こえる。直ぐそばまで来ている。
めずらしく家の周りをうろついているようで、声が遠くになり近くになりしていたが、どのくらいの時間が経ったのかそのまま寝付いてしまった。
そして午前5時、目が覚めると予報通りに冷え込んだ朝。
午前6時半を過ぎ周りが白み始めると、室内から見る十勝岳も寒々とした姿を見せている。
そして窓際や庭先を見ると至る所にキタキツネの足跡が。鳴き声の主に違いない。
ここ数日よく姿を現すようになり、また近くに巣穴を構えたのかもしれない。
それにしても寒い!
今日から札幌で「第65回雪まつり」が、お隣旭川では明日より「第55回旭川冬まつり」が開催される。開催期間中に雪像が解け出すほどの陽気の時も過去には何度もありましたが、今年は極寒の中でのまつりになりそう。
→ 2007年度:
氷点下のもと、何時間もうろついて途中でカメラが作動しなくなった年。
昨日本州から来た方が、冬のイベントで地元の方との会話の中で出てきたようで・・・。
戻ってから、このあたりではまだ「部落」と言うのかと聞かれ、最初はどういう意味で尋ねられたのか理解ができなかった。
たまに指摘をされる方がいるが、差別語を使っているとでも思われたのか?
「たんに集落や地域の意味で使ってる方はいますよ。」と返答すると、その話はそれ以上続かなかった。
他の地域から来た者にとってはその土地土地に於いて不可解に感じることは多々あるものの、日本人は元来皆無意識のうちに差別意識が体に染みこんでいる。
例えば、地元で「あの人はいい人だよ。」と皆が言う。
いい人なのか悪い人なのかよく知らずとも、「あれは良い・・」 「あれは悪い・・」と言い、たわいも無いことにも伝わる道筋でどんどん枝葉が付いていく。
そもそもその土地土地で、いい人・悪い人の尺度が違う。
そしてとどのつまり地元の力ある者が「あいつは悪い奴だ。」と言えば、疑うこと無くストレートにその人の固定観念が根付いてしまう。
本当なのかどうなのか、疑いを持ち確認する地域住民は皆無に近い。もちろん聞き流す方もいるが、これは非常に怖いことです。
言動、行動・・あらゆる形で現れる差別というのはとても難しい問題で、誰もが自分は差別などしていないつもりでいても、相手は傷ついている。
このようなことは身の回りでいつもおきているわけです。
何気ない集まりの中でも「あれはおれより下だ。」「うちの方が ・・・ 。」どうのこうのと、会話の中でもポンポン出てくる。それこそ底なしに階層をつくり、常に人と比較することを無意識に行いかろうじて自身の安定を保っているのかもしれない。
もちろん当人は悪気などは全く無いことの方が多いのですが、「誰々といっしょにするな。」と言っていることには変わりない。
そしてこの階層は形を変えあらゆる事象で顔を出す。
丘のまち美瑛町は景観の美しいまちとして知られていますが、この階層(景観、ゴミ問題などにに対して)の方向性によってはいつの間にか景観も壊されることにもなりかねない。
誰でも意識を変えるのは難しい!
相手の立場や心情を推し量ることは、実は並大抵のことではないのです。
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